テーマ性

昨日、古い設計者仲間と話をしていて、皆で何かをしようとしてもなかなか昔のようにうまく決まらない、なぜだろうとなりました。皆忙しくなって時間的に一緒にということが困難になってきてかつ個々の状況も違い切実感が異なってしまったせいだろうとなりました。

しかしそれだけではなさそうです。むしろ歳を経るごとに共有体験が少なくなりそれに比例して皆に共通する関心も少なくなってきたせいでなないかと思います。つまり皆を繋ぐ共通テーマがなくなってきているのです。

良く考えるとこれは仲間内の集まりだけに限らずあらゆるところに見受けられる状況ではないかと思います。職場や家庭内、あるいは私的団体やマスコミなど社会全体でも見受けられます。

社会的に何とかしなければならない大きなテーマはたくさんあるのですが個々人の与えうる影響力から無力感が先に発ち行動を起こさせるだけの、というより個人のほかの選択肢に優先させるようなものは見つけにくくなっています。しかも社会的体験や知識も少ないと益々テーマの魅力もわからなくなっていきていて見出しにくい度合いは大きくなっていくばかりです。

個人の行動を制限させてまで他人と一緒の行動に向かわせる魅力的テーマが見出しにくい時代になり人と人を繋ぐテーマが存在しにくくなくなっているのかもしれません。社会全体がどんどん私的なものに埋没していっているのかもしれません。本当に楽しいことは自分以外の他人との係わり合いの中からしか生じ得ないと皆わかっているのにそうなっていくようです。

設計も同じで、社会に説得力あるテーマが少なくなってきているのかもしれません。(藤原)