現場がどんどんシステムに置き換えられています。このような状況でのものづくりは単なる作業になってしまい、楽しくなる高揚感は期待できなくなりつつあります。これは建築現場だけでなく、教育現場、職場、居住環境などあらゆる現場で多かれ少なかれその傾向はありそうです。
世の中がグローバル化されていく限り社会のシステム化の度合いは抗し難く、いずこもそのまま放置しておくとシステムにがんじがらめにされ、内実が空洞化していくようで怖い気がしています。かといってノスタルジックに昔に戻そうというのもひ弱な発想で非現実的な気がします。システムを避けたり、あるいは主導権を握られるのではなく、システムを活用しつつ制御できないかぎり現場に明日はないのかもしれません。
木材のプレカットも加工機で出来ないからと予算上建築の構成を変えざるを得ない時があります。でもその建築の内容によっては他で予算をひねり出してでも、また手加工が生じてでも意図を実現させるべきと感じる時がよくあります。システムは末端を現実に適応させる時に、個々の人間の感覚抜きに無造作に反映させてしまうと道を誤ってしまい、楽しくなくなってしまうようです。
写真上は屋根の熱気抜き換気棟の既製品を取り付けた他所の住宅屋根です。分かりにくいかも知れませんのでクリックすると大きくして見ることができます。今回、既製品では屋根の野地板を腐らせにくくする効果はあっても、夏の熱気は抜けそうにありません。状況判断で別に木工事で換気棟を作りました。次の写真がその吹き出し口で、板金をかぶせる前の下地写真です。その下が、煙幕花火で軒下の吸気口から煙を入れて換気棟から出てきた煙の実験写真です。煙が出てきたとき思わず歓声が上がりました。